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長崎地方裁判所 昭和63年(ワ)544号 判決 1992年10月09日

原告

西津建設株式会社

右代表者代表取締役

入江千昭

右訴訟代理人弁護士

横山茂樹

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

富田善範

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金一五六六万八五二〇円及びこれに対する昭和六〇年六月一一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、仮差押した動産が紛失したことなどについて、執行官の執行行為が違法であるとして、国家賠償を求める事案である。

一争いのない事実

1  原告は、昭和五七年五月二〇日、有限会社新茶屋家具に対して有する請負工事残代金一五六一万二一一九円の債権を保全するため、福岡地方裁判所柳川支部より有体動産仮差押決定を得て、同支部執行官に対し、仮差押の執行を申し立てた。

2  仮差押の執行は、同支部T執行官が担当した。T執行官は、五月二五日午後一時二五分から三時五五分にかけて、新茶屋家具本店(福岡県大川市大字津一二番地の一)において、事務所、倉庫及び工場内に保管してあった家具、建具、機械類のほぼ全てを、次のとおり仮差押えした。

(1) 家具・建具類

ア 事務所保管分 モナリザ五点セットほか四九点

評価額合計 八九三万一八四〇円

イ 倉庫二階保管分 S−一一Tほか二七点

評価額合計 二九一万六六八〇円

(2) 機械類(工場保管分)

手押カンナほか一一点

一括評価額 四〇〇万円

その際、公示方法は、各物件に標目票を貼付する方法ではなく、各保管場所ごとに差押物件を記載した公示書を作成し、これを壁に貼付する方法により、その保管を債務者に委ねた。

3  原告は、昭和五七年七月一六日、柳川支部執行官に対し、差押物件の点検申請をした。しかし、その後も点検は実施されていない。

4  原告は、昭和六〇年二月二六日、前記の工事残代金一五三〇万三九一九円とその遅延損害金の支払いを命ずる仮執行宣言付きの勝訴判決を得て、同年四月一七日、前記の仮差押中の動産に対し、執行債権額一七九〇万〇一三五円について、柳川支部に強制執行を申し立てた。

5  この強制執行も柳川支部のT執行官が担当し、T執行官は、昭和六〇年五月一〇日、新茶屋家具本店(前記仮差押執行場所)に行き、午後二時四八分から三時五分にかけて差押の執行をした。差押物件とその評価額は、いずれも仮差押時と同一とされ、公示方法も公示書を壁に貼付する方法により、保管は債務者に委ねた。

6  T執行官は、競り売り期日を同年六月一一日午前一一時と定め、同日午前一一時三〇分から四七分まで競り売りを実施し、機械類を一括して一五万円で、家具・建具類を一括して三万円で、それぞれ買受申出人に対して売却を許可した。

二原告の主張

1  廉価売却

T執行官には、差押物を著しく不当な廉価(評価額の3.75パーセント)で売却した違法がある。執行官としては、買受申出人に対し、差押物の評価額の一〇分の二に相当する額の保証の提供を求めなければならず(民事執行規則一一八条三項)、著しく不当な廉価で買受けの申出がなされた場合、申出を不許可にしなければならない(同一一六条一項但書)。そして、数回競り売り期日を実施し、より高価に売却するために適切な措置をとらなければならない。T執行官には、これらの手続によらなかった重大な注意義務違反がある。

そして、本件の差押物は執行官による評価額相当額で売却が可能であったから、これと実際の売却価額との差額(及び遅延損害金)が原告の損害である。

2  仮差押物紛失

本件では、競り売り期日までに仮差押物の大部分が紛失していた疑いが極めて濃厚である。T執行官には、差押の表示、差押物の保管、差押調書の作成などに関し、次のとおり重大な注意義務違反がある。

(一) 仮差押時において、公示方法として各物件ごとに標目票を貼付する方法によらなかった。

(二) 執行に非協力的な債務者に保管を委ね、点検申請がなされているにもかかわらずこれを怠った。

(三) 本執行における差押、競り売りの際に、差押物の点検をせず、仮差押時と同一の物件が存在するかのような虚偽の調書を作成した。

これによって、一一八四万八五二〇円相当の差押物(家具・建具類)が紛失し、さらに、紛失の事実が明らかにされなかったために適切迅速な債権回収の機会を失って四〇〇万円相当の回収が不能となったから、その合計額と実際の売却価額との差額(及び遅延損害金)が原告の損害となる。

三被告の反論

1  廉価売却

競り売り期日には家具・建具類はほとんどなくなっていたから、機械類に関してのみ問題となるが、T執行官には原告主張の注意義務違反はなく、損害の立証もない。仮に損害があったとしても、原告は、差押事件の原告の代理人弁護士に対する別件訴訟において八五万円の和解が成立して同額を受領している(争いがない)から、損害は填補されている。

2  仮差押物紛失

公示方法や債務者保管とした点については、執行官の裁量の範囲内であって違法ではない。

そもそも、紛失した家具・建具類の競り売り時点の現実の価値が執行官の評価額と同額であるとするのは経験則に反する。また、原告主張の注意義務を尽くせば紛失を防止できたか、あるいは債権回収が可能であったかの点、すなわち、T執行官の措置と損害との因果関係について、原告は何ら主張、立証しない。結局、原告主張の損害は認められない。

第三判断

一廉価売却について

1  差押ないし競り売り期日の時点においては、仮差押物のうち家具・建具類はほとんどなくなっていた(<書証番号略>、証人T、同K、同I。なお、<書証番号略>参照。ただし、原告も概ね争わない)から、機械類について問題となる。

2  仮差押時の機械類の評価について、T執行官は、その適正な価額がわからず、新茶屋家具の従業員に尋ねてもはっきりしなかったため、申立て債権額の範囲内で適宜四〇〇万円としたに過ぎない(<書証番号略>、証人T、同K。なお、<書証番号略>)のであって、T執行官の評価額が機械類の価値を示すとはいえない。かえって、その後の同一機械類の執行事件における評価によって別の執行官が六〇万円とか一二万一三〇〇円などと評価している(<書証番号略>)ことに照せば、T執行官の評価額は極めて高額に過ぎ、かえって適切な価値を反映していないものと考えられる。そうすると、これを一五万円で売却したことをもって、著しく廉価で売却したとはいえない。

なお、規則一一八条三項違反をいう点は、その前提を欠き理由がない。

二仮差押物紛失について

1  仮差押の公示方法については、執行官の適切な裁量に委ねられているところ、本件仮差押においては、物件が多数であって(前記家具・建具類の合計七八点のうちには、障子二二一枚、欄間三〇枚なども一点として含んでいる)、個別に標目票をちょう付すれば相当長時間を要したと考えられること、同行した仮差押事件の原告の代理人弁護士の事務員も異議は述べていないこと(証人K)、に照せば、裁量の範囲内であって違法とはいえない。特に、事務所保管分の家具・建具類は、現に店舗に展示中の見本商品であるから、個別に標目票をちょう付すれば、来店した客に対して大きく信用を失うことになり、ひいては、新茶屋家具の営業自体に対して回復不可能な著しい損害を与える虞もある。したがって、確定した債務名義のない保全処分の段階においては、このような公示方法を避けたことにも相当の合理性があるといえる。

なお、債務者に保管を委ねたとの点については、一般的に容認された保管方法であって、仮差押事件の原告の代理人弁護士自身もむしろそれを当然のことと考えていたことがうかがわれる(証人K。他の保管方法の場合、運送費、倉庫代など相当の出費を要することになる)のであるから、何ら違法といえない。

2 これに対し、仮差押後程なくして点検申請がなされていながら、その後差押までの長期間これを放置していた点、差押(本執行)及び競り売り期日において、差押物がほとんど紛失していることが判明しているのに虚偽の調書を作成している点は、違法であることが明らかであり、そのために原告が紛失の事実を知るのが遅れ、迅速な被害回復の措置をとることができなくなったとの点については、原告の主張のとおりである。

しかし、これによる損害が認められるには、紛失した家具・建具類を競り売りした場合の相当な売却価額を立証する必要があるほか、(1) 点検時に既に紛失していた場合、その時点から原告が現実に紛失を知った時点までの間であれば原告が紛失物を回復することが可能であって、かつ、自ら保管するなどして回復した後の紛失を防止できたこと、(2) いまだ紛失していなかった場合、点検をすれば紛失を予防できたこと、または、(3) 早期に紛失が判明することにより、現実に紛失を知った時点以後ではとりえない(ないし実効性がなくなった)刑事上・民事上の適切な手続きをとることができ、それによって損害を回復することが実際に可能であったこと、即ち因果関係について、具体的に主張、立証する必要があることは、概ね被告の主張するとおりである。

本件においては、相当な売却価額を認めるに足りる適切な証拠はなく、因果関係については何ら具体的な主張、立証がないのであるから、原告の請求は認められない。

(裁判官井上秀雄)

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